東京高等裁判所 昭和38年(う)1088号 判決
被告人 塩川喜信 外二名
〔抄 録〕
弁護人の控訴趣意第一点、第三点及び第四点について
案ずるに、最高裁判所昭和三五年(あ)第一一二号同年七月二〇日判決は「……集団行動による思想等の表現は、単なる言論、出版等によるものとはことなつて、現在する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支持されていることを特徴とする。かような潜在的な力は、あるいは予定された計画に従い、あるいは突発的な内外からの刺激、せん動によつてきわめて容易に動員され得る性質のものである。この場合に平穏静爾な集団であつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し、勢いの赴くところ実力によつて法と秩序を蹂躙し、集団行動の指揮者はもちろん警察力を以てしても如何ともなし得ないような事態に発展する危険が存在すること、群集心理の法則と現実の経験に徴して明らかである」ことに鑑み「地方公共団体が、純粋な意味における表現といえる出版等についての事前規制である検閲が憲法第二一条二項によつて禁止されているにかかわらず、集団行動による表現の自由に関するかぎり、いわゆる「公安条例」を以て、地方的実状その他諸般の事情を十分考慮に入れ、不測の事態に備え、法と秩序を維持するに必要かつ最少限度の措置を事前に講ずることは、けだし止むを得ない次第である」とし「しからば如何なる程度の措置が必要かつ最少限度のものとして是認できるか」は重要な問題であるが、その判断にあたつては「公安条例の定める集団行動に関して要求される条件が「許可」を得ることまたは「届出」をすることのいずれであるかというような概念乃至用語のみによつて判断すべきではない。またこれが判断にあたつては条例の立法技術上のいくらかの欠陥にも拘泥してはならない。……すべからく条例全体の精神を実質的かつ有機的に考察しなければならない」とし、かつ「本(東京都)条例といえども、その運用の如何によつて憲法第二一条の保障する表現の自由の保障を侵す危険を絶対に包蔵しないとはいえない。条例の運用にあたる公安委員会が権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒心すべきことは勿論である。しかし濫用の虞れがあり得るからといつて、本条例を違憲とすることは失当である」との見解のもとに、本件東京都条例の内容を検討したうえ「公安委員会は集団行動の実施が「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」のほかはこれを許可しなければならない(三条)。すなわち許可が義務づけられており、不許可の場合が厳格に制限されている。従つて本条例は規定の文面上では許可を採用しているが、この許可制はその実質において届出制とことなるところがない」として同条例全体が、従つて同条例第二条が許可申請に事前七二時間の時間的制約を加えた点についての判断を留保することなく、憲法第二一条に違反しない旨判示し、原判決もこれを踏襲して、許可を申請せずしてまたは許可条件に違反して行われる集団行動が取締の対象となるとし、また許可申請に加えられた事前の時間的制約七二時間も、許否の決定の手続の実情に照らし必ずしも不当に長すぎるものとはなし得ないとして、憲法第二一条に違反しない旨判断しているのであつて、もとよりすべて正当である。また、緊急の必要から、あるいは突発的に行われるからといつて、その集団行動に対しては同条例の適用が除外されるべきでないことは多言を要しないところであり、かつ本件行為がその態様及び法益権衡の観点よりして社会的相当性があり違法性が阻却される場合に該当しないことも勿論である。しかして同条例が、憲法第二一条のほかに同法第二八条にも違反するものでないことは、前掲最高裁判所の判決及び同裁判所昭和二九年一一月二四日判決の趣旨に徴し明らかである。所論はいずれも採用できない。
同第二点及び第五点について
差戻後の原審証人浜崎仁、同茂垣之吉、同堀切善次郎の各供述、昭和三一年一〇月二五日東京都公安委員会規程第四号(昭和三一年一二月東京都公安委員会規程第八号(い)により改正)「東京都公安委員会の権限に属する事務処理に関する規程」、昭和三一年一〇月二五日訓令甲第一九号(昭和三一年一二月訓令甲第二四号(い)により改正)「東京都公安委員会の権限に属する事務の部長等の事務処理に関する規程」等によれば、東京都公安委員会は、事務の迅速かつ能率的な運営を図るために、集団行動の許可申請についての不許可処分、許可の取消処分等重要特異な事項は除外して、その許可処分等(許可処分の際の条件の付与をも含めて)定例軽易な事項は警視総監以下の警察官にその事務を処理させていたことが認められるのであつて、かかる事務処理の取扱はこれを不当のものとすることはできない。しかして集団行動に対する許可または不許可の処分が都公安委員会自体によつてなされるかまたはその事務処理をなすいわゆる現場公安警察官によつてなされるかを問わず、その運用如何によつては本件東京都条例は憲法第二一条の保障する表現の自由を侵す危険を絶対に包蔵しないとはいえないが、しかし濫用の虞れがあり得るからといつて同条例を違憲とすることが失当であることは、前示の如く最高裁判所の判例の趣旨とするところであるばかりでなく、本件当時いわゆる現場公安警察官らの恣意によつて不当に集団行動が抑圧されたとの事実はこれを認めることができない。なおまた本件当時集団行進や集団示威運動が単に夜間に行なわれるということだけのために一律にこれを不許可処分にしたとも認められない。所論はいずれも採用できず、論旨は理由がない。
(長谷川 関 小川)